「にいちがに、ににんが…」と口では言えるのに、「7×6は?」と急に聞くと固まってしまう。昨日は言えたのに今日は忘れている。特に7の段や8の段になると、もうお手上げ。そんな我が子を見て、「このままで大丈夫かな」と心配になりますよね。そしてつい「なんで覚えられないの」と言ってしまって、あとで胸が痛む。九九が覚えられないことに悩む保護者は、本当にたくさんいます。でも、これはお子さんの記憶力が悪いからでも、あなたの教え方のせいでもありません。
九九は、ただの暗記に見えて、じつは「意味の理解」「耳・口・目からのインプット」「くり返しの量」など、いくつもの要素がからむ単元です。だから、つまずいている場所に合った手助けをすれば、必ず前に進めます。この記事では、中部大学 現代教育学部 准教授で算数教育の研究者でもある樋口万太郎先生(元小学校教員)の視点も交えながら、家庭で楽しく身につける方法を整理していきます。まとまった時間のある夏休みは、九九を固める絶好のチャンスです。
なぜ九九が覚えられないのか
「覚えられない」とひとことで言っても、原因は子どもによって違います。よくある理由を分けて見てみましょう。
① そもそも「かけ算の意味」が分かっていない
九九は暗記の前に、「3×4=3が4つ分」という意味の理解が土台になります。ここがあいまいなまま音だけ覚えようとすると、忘れやすく、応用もききません。意味が分かっていれば、忘れても自分で立て直せます。
② 段によって難しさが大きく違う
2・5の段はリズムがよく覚えやすい一方、7・8の段は音のごろも悪く、多くの子が苦戦します。「全部同じように覚えなさい」ではなく、難しい段に時間を多く配分するのがコツです。
③ 耳・口・目のどれが得意かは子どもによる
歌で覚えるのが得意な子、書いて覚える子、カードを見て覚える子。インプットの得意なルートは一人ひとり違います。その子に合わないやり方だけを続けると、なかなか定着しません。
④ 「早く言わなきゃ」のプレッシャーで固まる
学校の九九チェックや、家庭での「はやく!」という声かけで、緊張して出てこなくなる子もいます。本当は覚えているのに、焦りで頭が真っ白になるのです。これは能力の問題ではなく、安心して思い出せる環境の問題。急かさず、ゆったりした雰囲気で唱えられるようにするだけで、スッと出てくることもあります。

九九が覚えられないとき、私はまず「どこで止まっているか」を見てあげてほしいと思います。全部の段があやしいのか、7・8の段など特定の段だけなのか、それとも順番に言えるけれどランダムに聞かれると出てこないのか。私はこの見きわめを「見取り」と呼びます。ここが分かると、練習の的が絞れます。そしてもう一つ大切なのが「意味」。「3×4」が「3が4つ分」だと分かっていれば、たとえ忘れても、たし算で確かめて立て直せます。暗記の丸暗記だけに頼らせないことが、遠回りに見えて確かな道です。
まず「意味」から——九九は暗記の前に「いくつ分」
いきなり全部を暗記させる前に、「かけ算とは何か」を手で確かめておくと、その後の定着がまるで違います。おはじきやブロックを「3個ずつ、4つのかたまり」に並べて、「これが3×4だね。ぜんぶで12個」と見せてあげましょう。九九の表を眺めるだけでなく、実際に並べて数える経験があると、「3×4」という記号が意味を持ちはじめます。もし忘れてしまっても、「3が4つ分だから、3・6・9・12」とたし算で確かめられる。この“逃げ道”があることが、子どもの安心につながります。夏休みは、この意味づくりにじっくり取り組めるいい機会です。
前提を整える——「毎日ちょっと」と「生活の中で」
九九は、一気に詰め込むより、少しずつ毎日触れるほうが定着します。土台を整えましょう。
- 1日5分でいい:長時間より、毎日短く。歯みがきのように生活に組み込むと続きます。
- お風呂やトイレに九九表を貼る:目に入る回数が増えるだけで、自然と覚えていきます。「見える化」は九九ととても相性がいいです。
- 生活の中で使う:「クッキーが1皿4枚、3皿でいくつ?」など、日常の場面でかけ算を使うと、意味と結びついて忘れにくくなります。
- 完璧を求めない:全部スラスラを最初から目指さず、「今日は7の段だけ」と的を絞るほうが、達成感が続きます。

今日から試せる、九九の覚え方7つ
全部やろうとしなくて大丈夫。お子さんに合いそうなものから、ひとつずつ試してみてください。
歌・リズムで耳から入れる
九九の歌や、リズムに乗せた唱え方は、耳から覚えるのが得意な子に効果的。車の中やお風呂で、遊びながら口ずさむのがおすすめです。
フラッシュカードでランダムに出す
順番に言えても、バラバラに聞かれると出てこない子は多いもの。カードをシャッフルして「7×6は?」と出すと、本当の定着につながります。
つまずく段「だけ」に集中する
全段を毎日やると疲れます。7の段が苦手なら、今週は7の段だけ。的を絞ると、短期間でぐっと覚えられます。
「逆から」「バラバラ」も練習する
9×1から9×9だけでなく、9×9から逆に言う、途中から言う、も練習。どの順でも出てくると、テストや文章題でも困りません。
タイムを計って「昨日の自分」と競う
「5の段、昨日は20秒、今日は?」とゲーム感覚に。ほかの子とではなく、昨日の自分と比べると、伸びを実感できてやる気が続きます。
親子で交互に言う・クイズを出し合う
親が「6×4」、子が「24」、次は子が親に出題。一緒に遊ぶと、勉強という感じが薄れ、自然と回数が増えます。
忘れたら「たし算で確かめる」を教える
「8×3を忘れた」なら、8・16・24とたし算で出せることを教えます。丸暗記に頼りきらない“逃げ道”が、安心と理解を育てます。
つまずきやすい段への、ちょっとした工夫
特に苦戦しやすいのが7・8の段、そして6・9の段です。ここは音のごろが悪く、覚えにくいのが理由。「かける数を入れかえても答えは同じ(7×8=8×7)」を教えておくと、覚える量が実質半分になります。たとえば7×8が出てこなくても、8×7として思い出せればOK。この“交換のルール”は、九九の負担を大きく減らしてくれる、とても便利な考え方です。難しい段ほど、こうした抜け道を一緒に見つけてあげましょう。
もう一つ、9の段には面白い性質があります。答えの十の位と一の位をたすと必ず9になるのです(9×2=18で1+8=9、9×3=27で2+7=9…)。指を使った9の段の覚え方もあります。こうした「発見」を親子で見つけると、九九が暗記の作業から「なぞ解き」に変わり、苦手意識がやわらぎます。すべての段を同じ熱量で覚えさせようとせず、覚えやすい段はサッと、難しい段はこうした工夫を添えて、とメリハリをつけるのがコツです。夏休みのうちに苦手な段を2〜3個つぶしておくだけでも、2学期のかけ算・わり算がずいぶん楽になります。
覚えるのが遅くても、焦らなくて大丈夫
九九は小学2年生で習いますが、そこで完璧に言えなくても、決して手遅れではありません。3年生、4年生になってから、わり算や大きな数のかけ算を通して、九九が「使う道具」になり、そこで一気に定着する子もたくさんいます。大切なのは、2年生のうちに「九九=いやなもの」という気持ちを大きくしないこと。言えない段があっても、責めずに、意味と工夫でゆっくり埋めていけば大丈夫です。周りの子と比べて焦る必要はありません。その子のペースで、少しずつ“使える九九”に育てていきましょう。夏休みは、そのための時間をたっぷり取れる、またとない機会です。
やりがちだけど逆効果になりやすいNG
よかれと思っての関わりが、かえって九九嫌いを強めてしまうこともあります。責める意味ではなく、「知っておくと楽になる」ものとして読んでください。
- 「なんで覚えられないの」と責める:九九は忘れて当たり前の量です。責めると九九そのものが嫌いになり、逆効果になります。
- 全段を毎日フルで言わせる:疲れて集中が切れます。苦手な段に絞るほうが、短期間で確実に身につきます。
- 意味を飛ばして丸暗記だけさせる:忘れたときに立て直せません。「いくつ分」の意味を先に押さえておきましょう。
- スピードだけを求める:速さより、まず正確さと意味。速さは後から自然についてきます。
- できない段ばかり指摘する:言える段をまず一緒に喜ぶこと。できた実感が、次の段への力になります。
がんばっているのは、お子さんだけじゃない
ここまで読んでくださったあなたは、それだけでもう十分にお子さんと向き合っています。毎日九九に付き合うのは、正直しんどい時もありますよね。何度やっても抜けてしまうと、こちらの気持ちもすり減っていく。その感覚は、多くの保護者が同じように味わっています。
だからどうか、「うまく覚えさせられない自分」を責めないでください。九九は、学校でも時間をかけて何度もくり返す単元です。家庭でそれを完璧にやる必要はありません。あなたが一緒に唱えたり、クイズを出し合ったりしてくれること。それ自体が、お子さんにとって何よりの後押しです。今日できなくても、また明日でいい。夏休みのあいだにゆっくり、で大丈夫です。
そして、九九をきっかけに「算数っていやだな」と感じさせないことが、じつは何より大切です。今スラスラ言えるかどうかより、「間違えても大丈夫」「一緒にやると楽しい」という気持ちが残るほうが、この先ずっと長く効いてきます。できた段は一緒に喜び、つまずいた段はクイズやゲームでそっと支える。その積み重ねが、半年後、一年後のお子さんの自信になります。数字の速さではなく、机に向かう時間があたたかいものであること。そこを、どうか大事にしてあげてください。

一人で抱えなくて、大丈夫。一緒に、ぼちぼちいきましょう。🌱
それでも覚えられない・一人だと不安なときは
いろいろ試しても、毎日ひとりで付き合い続けるのは大変です。「この子はどの段で止まっているんだろう」「どう声をかけよう」——そんな悩みを、同じ立場の保護者や専門家と分かち合える場所があると、ずいぶん心が軽くなります。
「保護者の学校」は、小学生の子をもつ保護者のためのオンラインコミュニティです。中部大学 現代教育学部 准教授で算数教育の研究者・樋口万太郎先生の月2回の声かけ講座で「見取り」や具体的な関わり方を学び、家庭で小さく試し、連絡帳(実践投稿)で振り返る。この学びのサイクルを、一人ではなく仲間と一緒に回していけます。うまくいかない日も、責められずに振り返れる。そんな場所です。


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